インタビュー: マヤ・マルムクロナ

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Aug 24,2023

マヤ・マルムクロナは1993年、スウェーデン出身の作家。現在はスイスのチューリッヒを拠点にしている。

彼女自身について、また彼女の制作活動について少しインタビューを行った。

バックグランドについて少し教えてください。

私はスウェーデンの西側にある小さな海沿いの町で育ちました。今思えば、本当に全てが小さな町での人生だった気がします。ほとんどの自由な時間を大体一人で(内向きな私にとってはそっちの方が良かったので)海や森に行って過ごしていました。写真を撮るのがとても好きだったので、一人で長い時間そんなところを歩いては静かな場所や岩の割れ目などに覗く小さな世界を写真に収めていました。

10代になると、父がスイスで仕事を始め、姉と私を一緒に連れて行ったことをきっかけにその静かな生活が一瞬にして変化しました。スイスでの生活は全く違い、とてもペースが早く、期待値も常に高く、常に新しい戦いがありました。とても長く、苦しい順応の時間でしたが、今となっては完全に新しい世界と経験への窓を開いてくれたことにとても感謝しています。

CLOUDS (LETTERS FROM OLD FRIENDS), 2023, lime juice and mordente on Fabriano paper, H180 x 125 mm

アーティストとしてのキャリアはどのようにして始まりましたか?

高校を卒業した後に、次にどのようにしていくかを決めるために旅をし、様々な仕事をしながら短期コースを履修し学んでいました。まだ内向きな性格だった私は、今となっては分かる世界を創造する、誰かの創造力の中に住める空間を作ることに深く興味を持っていました。

この時までは主に写真と詩が表現の手段でしたが、ある時を境に建築を勉強しようと思うようになりました。建築には常に興味を持っていましたが、それまでは建築をアカデミックに勉強しようと思ったことがなかったのです。だけど、技術的観点よりも芸術的観点から建築を勉強できる学校を見つけたときに、すぐに願書を提出しました。

それからは常に楽しかったですね。建築は私にとって幼少期に森を歩き、小さな小川の土手に座り、そこから世界が広がるのを想像しながら想像上の住人を住まわせる生息の地を頭の中で作っていた、あの感覚と完全に一致していました。

もちろん、本当の建築の世界でそんな想像のようにはほとんど行かない(世界を超えていかなければ)ので、しばらく時が経った後に今まで来た道を引き返したくなりました。それでイギリスで哲学の修士号を取ることにしたのです。

COMPOUND 2, 2022, acrylic, detergent, tea, and quartz sand on canvas, H1200 x W800 x D45 mm

その頃になると、私の主な表現方法は(学校での建築のプロジェクト以外では)文章を書くことでした。文章を書くことを形にするべく、何年かアイディアを遊ぶように考えていました。そこで、文章を形にしていくには技術的な要素とその理由が必要だとわかってきたのです(クリエイティブな面に関しては苦労しなかったので)。

これもまた、とても楽しかったです。しかし同時に、哲学や文字での表現に興味を惹かれながらも、私が伝えたいことを表現するには文字で表現することに限界があることを感じ始めました。オルダス・ハクスリーが”どれだけ表現力が豊かであってもシンボルがそれを表すものにはならない”と『知覚の扉』に書いたように。

その頃ちょうど、COVID-19が流行し始めました。狭い学生寮の部屋に住んでいた私は外に出ることを許されずに、それが悪い影響を私に与えていました(世界各地の人と同じように)。ほとんど気づかないうちに様々なコーピングストラテジーをはじめ、その全てが作品を制作することに関係していました。そこからそれまで以上にドローイング、ペインティング、彫刻について掘り下げていきました。自分の言語をやっと見つけることができたのです。

あなたにとってのインスピレーションは何ですか?

自然、音楽、建築そして芸術以外で言えば、本からインスピレーションを受けることがほとんどです。私は本をよく読むのですが、体が反応する引き金を本から見つけることが多いのです。体と言ったのは、私はよくそれらのアイディアを理論的にではなく空間的に体験することが多いからです。これを説明するのは難しいのですが、文章やアイディアが何かしらの抽象的な動きや、変換、さらには矛盾を伝えているように見えるのです。

“A book that does not contain its counter book is considered incomplete” (Jorge Luis Borges, Fictions)

“In this world, shipmates, sin that pays its way can travel freely” (Herman Melville, Moby-Dick)

“Thus we cover the universe with drawings we have lived.” (Gaston Bachelard, The Poetics of Space)

“…when one is speaking of the essence of things, it often happens that one can only speak in generalities” (Haruki Murakami, The Wind-Up Bird Chronicle)

“Signs form a language, but not the one you think you know.” (Italo Calvino, Invisible Cities)

好きな作家は誰ですか?

それぞれの作家のそれぞれ違った面に感化されるので、ピンポイントで作家を選ぶのは難しいですね。その時に取り組んでいるプロジェクトの種類だったり、最近何を見たかであったり、その時の感情にもよります。

ある一時は初期のモダニズム(マレーヴィチ、モンドリアン、カンディンスキーを含む)をよく見ていましたし、ときには抽象表現主義(ロバートマザウェル、ロスコー、アグネスマーティンなど)に興味をそそられていた時もありました。具体は常に私を魅了していますし(白髪一雄、吉原治良、松谷武判)単色画(韓国の抽象表現)やもの派もですね。現代美術という括りで言うと、ヨリンデ・フォークト、サラ・ジー、ノット・ヴィタール、レイチェル・ホワイトリードなど(他にもたくさんいますが、、)の作品をよく見ています。

TANGENT (STUDIES FOR MAPS), 2023, pen and spray paint on Fabriano paper, H180 x 125 mm

作品を作る中で一番エキサイティング、魅了される場面はどんな時ですか?

制作過程でいつも魅了されるのはそこで起こる思いがけない紆余曲折です。とくに自分の中ではっきりとした完成時のイメージが沸いているようなプロジェクトでは顕著に起こります。アイディアがクリアな時ほどプロジェクトを完成させるのが難しく、最終的に出来上がるものが違うほど、良い時もあります。

本を読むことはなぜか制作のプロセスからは切り離せない部分になっています。今、ニック・ケイヴの本を読んでいるのですが、彼は”アイディアの余り物”と言うことに言及していてーたとえそれらが面白いように思えても、それらはただの前のプロジェクトの残り物に過ぎない。そのおかげでごく自然に、快適に見える。あなたの心がそれを別の場所から来たものと認識しているから。でも結局それはあなたのことを惑わせ、クリエイティブなプロセスを余計に難しくしてしまうし、これを取り除くには相当な苦労をすることになるー。

一方で、全くの白紙からスタートするプロジェクトはより多くの発見をするチャンスに恵まれます。(もちろん、アイディアの残りものを使わないので制作を始めること自体がもっと難しくはなりますが)。こんなことや他の多くのことが何年も制作を続けていても私を驚かせ続けてくれます。

プロフィール

マヤ・マルムクロナは1993 年、スウェーデン生まれ、スイス在住の作家。大学で建築を学んだのち、哲学の修士号を取得、現在はチューリッヒを拠点に活動。建築、哲学を学んだバックグラウンドから、空間とそこから生まれる我々の体験に興味を抱き、それをテーマとして制作をしている。近年では、チューリッヒにあるArt Forum Ute Barthにて、Young Art Awardも受賞。モノクロームのみで構成される作品群は影と光を表し、黒を使うことによって生み出される影によって全体像が見え、作品が完成していく。日本の作家や文化からも影響を受け、中でも谷崎潤一郎著作の『陰影礼賛』には大きな影響を受けたと言いう。空間とそこから生じる経験や感覚を徹底して意識し、 作品をものとしてではなく経験として提示するその姿勢を見ると、現象学の実験を繰り返しているかのような感覚に陥る。

作家ステートメント

私の作品は一貫して空間とそこから生まれる我々の体験の考察に関連している。私はアートは社会において人のものに対する執着心や消費社会から目を離し、そこから生まれる体験や経験に重きを置くことを助長するものであると考える。私は抽象表現をモノ自体を強調せず、その背後にある意味に関心を持つための道具として用いている。私からすればアートは情報過多な現代社会から逃れるため、また精神的 な落ち着きを取り戻すための入り口である。私の作品は近現代のアート、文学、そ して哲学をバックグラウンドにし、それらの交錯点をドローイング、ペインティング、 そして立体作品を制作しながら考察している。